管理栄養士を目指していた学生の頃、私は「栄養指導」と聞くと、特定保健指導のような場面をイメージしていました。
健診結果をきっかけに、健康や食生活に関心のある方と一緒に目標を立て、生活習慣を改善していく。
当時は、そのような前向きなやり取りを想像していたと思います。
しかし、病院で実際に栄養指導をするようになると、それだけではないことに気づきました。
病院には、年齢も病気も生活環境も異なる、さまざまな患者さんが来院します。突然病気になり、戸惑いながら食事療法に取り組む方もいれば、長年の生活習慣やアルコールの問題を抱えている方もいます。
そして、栄養指導を受けることに前向きな方ばかりではありません。
医師に言われたから仕方なく来た方、食生活を変えるつもりがない方、何を伝えても反応がほとんどない方もいます。
そのような患者さんは決して多数ではありません。それでも、これから管理栄養士を目指す方には、「一生懸命に伝えれば、必ず相手に響くわけではない」という現実を知っておいてほしいと思います。
※この記事に出てくる事例は、個人が特定されないよう、私が経験した複数のケースをもとに内容を一部変更しています。
特定保健指導と病院の栄養指導は少し違う
特定保健指導では、健診結果を見て自分の健康が気になり、食生活を変えたいと思っている方と出会うことがあります。
もちろん、特定保健指導でも全員が積極的とは限りません。
それでも病院の栄養指導では、より幅広い段階の方と関わります。
病気になったばかりで、まだ現実を受け止められない方。自覚症状がなく、治療の必要性を感じていない方。何度も指導を受けているものの、生活を変えられない方。
なかには、栄養指導そのものに納得していない方もいます。
医師から指示されて栄養指導室へ来たものの、最初から腕を組み、こちらの話を聞くつもりがないことが伝わってくる場合もあります。
「食事を変えるつもりはありません」
「薬を飲んでいるから大丈夫でしょう」
「好きなものを食べられないなら、長生きしなくていいです」
このような言葉を受けることもあります。
学生の頃に想像していた「患者さんと一緒に目標を立てる栄養指導」が、いつもできるとは限らないのです。
管理栄養士自身の「当たり前」が通じないこともある
管理栄養士を目指す方は、多かれ少なかれ食事や健康に関心があると思います。
栄養について学ぶうちに、私たちのなかでは「揚げ物はエネルギーが高い」「甘い飲み物を習慣的に飲めば血糖値や体重に影響する」といった知識が当たり前になります。
しかし、患者さんにとっても同じとは限りません。
実際に栄養指導をしていると、揚げ物を食べると太りやすいというイメージ自体がない方もいます。
「ほとんど食べていません」と話していた方に、朝から順番に食事内容を聞いてみると、朝食から揚げ物をおかずにしていることもあります。
これは、患者さんが意図的に嘘をついているとは限りません。
本人にとっては、それが昔から続けてきた普通の食事であり、「食べ過ぎ」や「脂質が多い食事」という認識がないこともあります。
私たちが考える「食べていない」と、患者さんが考える「食べていない」は、必ずしも同じではないのです。
だからこそ、栄養指導では「食べ過ぎていませんか」と質問するだけでは不十分です。
朝食、昼食、夕食、間食、飲み物、アルコールについて、具体的に聞き取る必要があります。
今まで出会ったことのない背景を持つ人とも接する
病院には、学生時代や日常生活では出会わなかったような背景を持つ方も来院します。
糖尿病や心臓病、脂肪肝などを指摘されていても、治療や生活改善につながらないまま病状が進行する方。
アルコール依存症があり、身体への影響を理解していても飲酒をやめられない方。
経済的な事情や家庭環境、仕事、精神的な問題などが重なり、食生活まで手が回らない方もいます。
医療者の立場から見れば、「もっと早く受診していれば」「食生活を変えていれば」と感じることもあります。
しかし、病気が悪化するまでには、その人なりの事情があります。
知識が不足しているだけなら、説明することで変わるかもしれません。けれど、依存症や経済的な問題、家族関係、孤立などが背景にある場合、食事の知識を伝えるだけでは解決できません。
病院の栄養指導では、栄養学だけでは対応しきれない問題にも向き合うことになります。
一生懸命指導しても改善しないことがある
栄養指導では、患者さんの生活に合わせて、実行できそうな方法を考えます。
食事内容を丁寧に聞き取り、改善できる部分を探し、できるだけ具体的に説明します。
それでも、次回の栄養指導で何も変わっていないことがあります。
「前回お話ししたことは覚えていますか」と聞いても、ほとんど覚えていない場合もあります。
何度説明しても同じ食生活が続き、体重や検査値が悪化することもあります。
管理栄養士がどれだけ一生懸命に指導しても、実際に選択して食べるのは患者さん本人です。こちらが代わりに生活を変えることはできません。
患者さんの行動が変わらないと、「自分の説明が悪かったのではないか」「もっとよい伝え方があったのではないか」と落ち込むことがあります。
もちろん、説明方法を振り返ることは大切です。
しかし、すべての結果を管理栄養士の責任として背負う必要はありません。
薬で数値が改善し、栄養指導が軽く扱われることもある
管理栄養士として複雑な気持ちになるのが、一生懸命に食事療法を説明しても改善しなかった検査値が、薬を開始したことであっさり改善する場面です。
薬の効果が出ること自体は、患者さんにとってよいことです。
治療が必要な状態であれば、適切に薬を使用することはとても大切です。
それでも、薬によって数値が改善すると、患者さんから「食事は変えなくても大丈夫だった」と受け取られてしまうことがあります。
ほかの医療従事者からも、栄養指導より薬物療法の効果が注目され、食事療法が軽く扱われているように感じることがあります。
しかし、薬を飲んでいれば、どれだけ食べてもよいわけではありません。
食べ過ぎが続けば、血糖値や体重、血圧などが再び悪化することがあります。薬の種類や量が増えたり、病気が進行したりする可能性もあります。
薬物療法と食事療法は、どちらか一方を選ぶものではありません。
薬の力を借りながら、食生活を無理のない範囲で整えていくことが大切です。
ただし、その必要性を患者さんやほかの医療従事者に、いつも十分理解してもらえるとは限りません。
栄養指導の効果は、薬のように短期間で数値として表れないことも多いため、管理栄養士の仕事の難しさを感じる部分です。
正しいことを伝えるだけでは人は変わらない
学生の頃は、正しい知識をわかりやすく説明できれば、患者さんは行動を変えてくれると思っていました。
実際の栄養指導では、正しさだけで人が変わるわけではありません。
患者さんが食生活を変えるためには、本人が必要性を感じ、納得し、実際の生活のなかで続けられることが必要です。
正論であっても、本人が困っていなければ響かないことがあります。病気への不安が強すぎて、話を受け止められないこともあります。
また、頭では理解していても、長年の習慣を変えられない方もいます。
そのため、栄養指導では「何を伝えるか」だけでなく、「今、この人は話を受け取れる状態なのか」を考える必要があります。
すぐに行動を変える段階ではないときは、まず話を聞くことが必要かもしれません。
一度の指導で大きな変化を求めず、本人ができそうなことを一つだけ探す場合もあります。
心が折れないために知っておいてほしいこと
管理栄養士を目指している方には、一生懸命に指導しても患者さんが変わらないことはあると知っておいてほしいです。
話が響かない患者さんに出会ったとしても、それだけで管理栄養士としての能力が低いわけではありません。
患者さんには、それぞれの価値観や生活があります。
病気を治したい気持ちより、今の生活を変えたくない気持ちの方が強いこともあります。その選択を、管理栄養士が強制的に変えることはできません。
私たちにできるのは、必要な情報を伝え、本人ができそうな方法を一緒に考え、変わりたいと思ったときに支援できるようにすることです。
その場では反応がなくても、伝えた言葉が後になって思い出されることもあります。
栄養指導の成果を、体重や検査値だけで判断しないことも大切だと思います。
それまで自分の食生活を振り返ったことがなかった方が、一度でも食事について考えた。毎日飲んでいた甘い飲み物を、週に数回だけ水に変えた。
そのような小さな変化も、栄養指導の成果です。
それでも栄養指導は面白い
栄養指導には、思いどおりにならないことがたくさんあります。
一生懸命に伝えても届かないことがあります。患者さんの行動が変わらず、無力さを感じることもあります。
それでも、私は栄養指導が好きです。
患者さんの生活を聞き、その人に合った方法を一緒に考えることには、検査値だけではわからない面白さがあります。
「前に教えてもらったことを続けています」
「体重が少し減りました」
「家族と相談して食事を変えました」
そう言ってもらえたときは、とてもうれしく感じます。
すべての患者さんを変えることはできません。
それでも、目の前の患者さんが少しでも自分の身体や食生活について考えるきっかけをつくることはできます。
栄養指導とは、正しい食事を一方的に教える仕事ではありません。
健康に関心のある人だけでなく、変わりたくない人、変えたくても変えられない人、さまざまな背景を抱えている人と向き合う仕事です。
それが、病院で働く管理栄養士が行う栄養指導のリアルだと思います。